大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和62年(ワ)6902号 判決 1990年6月29日

原告 並木ちゑ

右訴訟代理人弁護士 斎藤誠

右訴訟復代理人弁護士 桑原育郎

被告 青山企画株式会社

右代表者代表取締役 青山一枝

右訴訟代理人弁護士 中野公夫

同 藤本健子

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。

二  被告は、原告に対し、昭和六二年三月二九日より前項の建物の開け渡し済みまで一か月金一一五万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を、昭和六二年三月二九日所有していた。

2  被告は、本件建物を、右同日及び現在占有している。

3  よって、原告は、被告に対し、所有権に基づき、本件建物の明渡し及び昭和六二年三月二九日から右明渡し済みまで賃料額一か月一一〇万円及び共益費額一か月五万五〇〇〇円に相当する一か月一一五万五〇〇〇円の割合による損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実はすべて認める。

三  抗弁(占有正権原)

被告は、原告と、昭和六〇年七月一五日、本件建物につき、期間五年、賃料一一〇万円、共益費五万五〇〇〇円の約定で、賃貸借契約を締結し、右同日、本件建物の引渡を受けた。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実はすべて認める。

五  再抗弁(解除)

1  被告の景品購入義務及び当該義務違反

(1) 原告と被告は、昭和六〇年七月一五日、本件建物で被告が経営するパチンコ店の景品を原告が被告に反復継続して販売し、被告は原告に代金を支払う旨の商取引契約を締結した。本件商取引契約には、「被告は、原告以外の者から被告経営にかかる東京都大田区東蒲田一丁目一番六号所在パチンコ店(本件建物)において使用する景品を購入してはならない。」(第五条)という約定があった。

(2) 被告は、昭和六一年一一月三日より、原告を通さずに景品を購入して、パチンコ店を営業している。

2  被告の代金支払義務及び履行期の経過

(1) 被告と原告は、前記本件商取引契約の代金支払の点につき、昭和六一年二月二三日、被告が原告から購入した景品の代金を原告に対し、毎日現金で支払う旨合意した。

(2) 原告は、被告に対し、景品を販売し、昭和六一年一一月二日まで納入を続けた。

3  無催告解除の特約

(1) 本件商取引契約には、原告は、被告が、再抗弁1(1)記載の約定に違反したときは、本件賃貸借契約を解除することができる旨の約定(第六条)があった。

(2) 本件賃貸借契約には、原被告間の本件商取引契約の各条項に違反したときは、催告を要しないで直ちに本件賃貸借契約を解除することができる旨の約定書(第一九条第五号)があった。

4  解除の意思表示

原告は、被告に対し、昭和六二年三月二八日到達の書面により、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

5  商取引契約違反を理由とする賃貸借契約解除及び賃貸借契約の無催告解除を基礎付ける被告の背信行為

(1) 原告は、本件建物の使途がパチンコ店であることを前提として、原告と景品取引することを認める被告に本件建物を賃貸した。

(2) 原告は、本件賃貸借契約による賃料収入と景品取引による収益を一体のものとして計算しているため、本件建物の賃料を当初から通常の賃料相場の約二分の一とした。

(3) 景品代金の月々の支払い額は極めて大きいものであり、右取引によって原告が得る利益はほぼ月々の賃料に等しい。

(4) 原告と被告は、商取引契約における代金の支払方法が当初明確でなかったので、昭和六〇年九月末ころ代金は小切手で支払う旨合意し、同年一〇月七日右合意に基づき取引を再開したが、代金は全額支払われることはなかった。

(5) 原告と被告は、昭和六〇年一二月一三日景品の納入代金の支払について、当時原告の未受領代金が二五〇〇万円あったのであるが、うち二〇〇〇万円を無利子で凍結し、以後、被告は、納入代金を毎日一括して現金で支払う旨合意した。

(6) その後、被告は、原告に対し、昭和六一年一月二五日、毎日の現金による支払を、毎日小切手で支払うように変更してもらいたい旨申し入れ、原告は承諾した。

(7) 原告と被告は、同月二九日から、小切手による支払いで取引を再開したが、被告からの納入代金は、毎日きちんと支払われることはなかった。

(8) 被告は昭和六一年二月二二日には、小切手も現金も持参しなくなった。

(9) 原告と被告は、同月二三日、次のとおり合意した。

ア 凍結中の未払代金二〇〇〇万円は、昭和六二年一月から昭和六三年八月まで二〇回にわたり、毎月金一〇〇万円ずつ支払う。

イ 被告は、右支払いのために手形を振り出す。

ウ 納入代金の支払いは、毎日現金で行う。

(10) 原告と被告は、昭和六一年二月二五日から右合意に基づいて取引を再開したが、被告からの毎日の納入代金は、全額支払われず、同年七月一一日には、同年二月二五日からの未払代金が八六四万三八〇〇円に達した。

(11) 原告と被告は、同年七月一二日ころ、右未払代金を同月二〇日から毎日五万円ずつ支払うことにし、同年末までに未払代金を全額を返済する旨合意した。

(12) 原告は、被告から、同年一〇月一九日までに、未払代金分四六〇万三八〇〇円の支払いを受けたが、支払いは同日で打ち切られ、残金四〇四万円は、未払になった。

(13) 被告は、前記のとおり同年一〇月三〇日、納入代金の支払いを中止した。

(14) 原告は、その後、同年一一月二日まで納入を続けた。

六  再抗弁に対する認否及び被告の主張

1  再抗弁1の(1)は否認する。同1の(2)は認める。

2  同2は、すべて否認する。

3  同3はすべて認める。

4  同4は認める。

5  同5のうち(13)は認め、その余はすべて否認する。

6  被告が原告以外から景品を購入してはならない義務は、原告が被告に対して景品を納入することを前提とするが、原告は、昭和六一年一一月三日以降景品の納入をしなくなったのであり、そのために被告は、第三者から景品を購入した。

7  原告と被告は、昭和六二年二月一三日ころ、未払代金について、月三分の利息を付加して約束手形で精算する旨合意し、同月二七日までに約束手形を交付した。

8  本件商取引契約は、「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」(以下「風営法」という。)二三条一項二号に違反し無効である。

すなわち、右契約は、被告が客に提供した特定の景品(換金用景品)を職業的な買受人を介して、継続的に問屋と称する原告が買い取り、更にこの特定の商品を原告から被告が買い取ることを目的としたものであり、しかも、同一の特定商品を反復して買い取ることを継続するものである。これが右法律に違反することは明らかである。このような違反行為を反復継続することを目的とする契約は、公序良俗に違反するものとして無効である。

したがって、原告は、被告に対し、契約違反として本件賃貸借契約を解除する理由はない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因について

請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  抗弁について

抗弁事実は当事者間に争いがない。

三  再抗弁について

1  《証拠省略》によれば、再抗弁1の(1)の事実が認められる。

なお、被告は、本件商取引契約が風営法二三条一項二号に違反するものであるから無効であると主張するが、被告は、前記及び後記認定のとおり、自ら、違反行為であると主張する商取引契約を締結し、これによってパチンコ店営業の利益を挙げてきたのであり、原告に債務不履行責任を問われるに至ってはじめて契約の無効を主張することは信義則上許されないものと言わなければならない。

2  再抗弁1の(2)、3、4及び5の(13)は当事者間に争いがない。

3  再抗弁2及び5のその余の事実につき判断する。

《証拠省略》によれば次の事実が認められる。

(1)  原告は、友人から、「建物を建ててパチンコ屋に貸したら家賃も取れるし、景品の売り買いの権利を獲得すれば、その収入は家賃の倍位入る。」という話を聞き、昭和五八年終わり頃からパチンコ店経営者を募集した。

原告は、昭和五九年一〇月ころ、被告会社役員の青山秀一に会ったが、その際、賃料、賃貸借期間、保証金等建物賃貸借にかかる条件の他に原告が景品の売り買いの権利を得たい旨提案した。青山秀一は、一旦これに同意したが、後日売りか買いかどちらか一方にしてほしいと原告に頼んだので、原告はこれに応じ、景品の販売の権利のみを取得することとしてパチンコ店営業用店舗を建築したうえ、昭和六〇年七月一五日、被告と、本件建物の賃貸借契約を締結し、同日本件商取引契約を締結した。

(2)  右商取引契約における被告の代金支払方法は、契約書上は明確に定められていなかったが、当初被告は、納品代金を一週間に二回、月曜日と金曜日に支払うと申し出たので、原告はこれに応じた。被告は、右の合意の支払方法を月、火、水、木の四日間に納めた景品代金を、三日間据え置いて、次週の月曜日に支払い、金、土、日の三日間に納めた景品の代金を四日間据え置いて金曜日に支払う趣旨であると解釈したこともあり、被告の未払代金は、同年一〇月七日で、二一七五万六三五〇円に達した。

(3)  そこで、原告と被告は、協議のうえ、被告が代金を小切手で支払うことを合意した。しかし、被告は、小切手を振り出したものの、銀行への取り立てをしないように原告に頼み、小切手の金額を現金で何回かに分割して支払うようになった。

(4)  その後、被告の未払代金は、昭和六〇年一二月一三日までに二五〇〇万円に達したため、同月一四日原告は右のうち二〇〇〇万円を無利子で凍結し、被告は同日以後納入代金を毎日一括して現金で支払う旨約束した。

(5)  その後、被告は、原告に対し、昭和六一年一月二五日に、毎日現金で支払う方法を、毎日小切手で支払うように変更してもらいたい旨申し入れ、原告は承諾した。

(6)  被告は、同月二九日から、小切手によって支払うことになったが、毎日の支払いがきちんとされることはなく、同年二月二二日には、小切手も現金も持参しなくなった。

(7)  原告と被告は、同月二三日話し合い、次のとおり合意した。

ア 凍結中の未払代金二〇〇〇万円は、昭和六二年一月から昭和六三年八月まで二〇回にわたり毎月一〇〇万円ずつ支払う。

イ 被告は、右支払いのために手形を振り出す。

ウ 被告の納入代金の支払いは、今後は毎日現金で行う。

(8)  被告は、昭和六一年二月二五日から右の約束に基づいて、納入代金を毎日現金で支払ったが、毎日の支払いがきちんとされることはなく、未払代金が累積し、同年七月一一日で八六四万三八〇〇円に達した。そこで、同月一二日ころ被告は、右金員を同月二〇日から毎日五万円宛原告に支払い、同年末までに未払代金を返済することを約束した。

(9)  原告は、被告から、同年一〇月一九日までに未払代金分四六〇万三八〇〇円の支払いを受けたが、支払いは同日で打ち切られ、残金四〇四万円は未払になった。

(10)  被告は、同月二九日まで、毎日の支払いを現金で行ってきたが、同月三〇日からは納入代金の支払いを中止した。被告が未払代金の分割金及び毎日の支払いを中止したのは、再び小切手による支払いに変更したいという要望からであったが、原告の承諾を得られないままに現金の支払いを中止した。

(11)  原告は被告に対し、同月三〇日より同年一一月二日まで景品の納入を続け、同日までの被告の債務は前記累積未払残額四〇四万円、同年一〇月二七日から同年一一月二日までの支払残九〇九万五二〇〇円となり、被告はこれを支払わないので、原告は同日をもって景品の納入を中止した。

(12)  被告は、同年一一月三日から、原告以外の者より景品を買い入れてパチンコ店の営業を続けている。

(13)  原告は、被告より、昭和六二年二月一三日及び同月二七日に前記累積未払代金及び昭和六一年一一月二日までの納入代金、同月二五日までの納入できなかったことによる損害金等につき月三分の利息を付して、一六回に分割して、被告より約束手形の振出交付を受けたので、原告はこれを預かった。さらに原告と被告は、商取引契約について再検討したが、意見が合わず、原告の景品納入者としての地位が確保されないまま、被告は引き続き他より景品の納入を続けている。

4  以上のような本件契約解除に至る経緯によれば、被告は、本件商取引契約に定められた、原告以外の者から景品を購入してはならない義務及び右契約の内容として昭和六一年二月二三日成立した、毎日の納入代金を現金で支払わなければならない義務にそれぞれ違反したことは明らかであり、納入代金支払いについての被告のこれまでの遅滞の態度及び支払方法の変更を度々申し入れていること、昭和六二年二月に至り未払代金等については分割して約束手形が振り出されたが、原被告間での商取引契約の再検討については双方意見が合わず、原告の景品納入者としての地位が失われ、被告は他より景品の購入を続けていることなどからみて、催告を要せず解除しうる背信性が被告に認められる。

5  被告は、原告が昭和六一年一一月三日以降景品を納入しなくなったため他から景品を購入したのであるから、被告には義務違反がない旨主張する。

そして、同年一〇月三〇日以降被告が毎日の現金の支払いを中止したことは前記認定のとおりであるが、被告は、同月二二日五十嵐七郎をして原告と話し合わせ、月曜日から木曜日までの分を翌週の月曜日に、金曜日から日曜日までの分を翌週の金曜日に小切手で支払うように変更してほしい旨申し入れ、原告の承諾を得た旨主張し、これに添う証人五十嵐七郎の証言がある。しかし、右証言は、《証拠省略》に照らし措信し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

したがって、前記認定のとおり、被告の債務不履行のため原告が景品を納入できなくなったのであるから、被告の右主張は採用できない。

四  結論

よって、本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒井眞治 裁判官 三輪和雄 齋藤清文)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例